掛け時計メーカー「リズム時計」の創業期

現在では、日本でも屈指の掛け時計メーカーとして有名なリズム時計工業ですが、当初は「農村時計製作所」という名称の会社でした。

この農村時計製作所を創業した賀川豊彦は、「農村にも工場を!」という強い思いがあり、貧しい農村にならないようにという思いがあったそうです。

時計製作の技術は非常に高く難しいものですが、全国から農業青年を集めて、時計製作の技術を学ばせ、それぞれの故郷で時計工業を興すことが目的となっていました。

当時のスローガンは、「農村にも工業を!」「日本を東洋のスイスに!」というもので、当時の日本よりも発展していた欧米諸国へ追いつこうという強い思いを感じることができます。

現在では、掛け時計メーカーとしても有名なリズム時計ですが、創業期は「農業青年の副業のためのビジネス」という意味合いが強かったものになります。

結果として、現在のような世界的な企業に発展するまでになり、シチズン・セイコーなどとともにトップを走り続ける企業になります。

時計メーカーの特徴として、リズム時計とシチズンの関係が深いことは紹介しましたが、実は、農業青年に時計製作の技術を教えた人には、セイコーの技術者も含まれていました。

ライバル企業とはいえ、技術協力は惜しまないという文化を感じることができます。



=関連の記事を読む=

«

»